欠片を摘む

自身と対話するブログ

人は所属しているもので見ないほうがいいかもしれないと思った話

 先に書いておくが、自分は正社員として働いた事は無い。アルバイトはしていたがそれは過去の話で今は学業の方に専念している。

 

 どこかに出かけるとほとんどの場所で職業名を背負っている人に出会う。例えばスーパーに出かければ店員や警備員、学校に行けば教員や事務員などである。

 自分は出かけた先で時たま、人と話すときにはその役職に就いている一人の人間ではなく、その役職に話しかけているのではないかと感じる時があるのでそのことについて綴る。

 

 

 自分は以前部活の「部長」をしていた。

 何故部長になったのかというと、部長をする人がいないと廃部になるのだが、他にやりたがる人がなく前部長に頼み込まれたからで、しぶしぶ部長という立場になった訳だ。

 特に能力が秀でているわけでは無いのに部長になったからいろいろと迷惑をかけることがあった。印象に残っているのが新入生向けの部活紹介イベントで、壇上に上がるのを拒否した件だ。自分は人前に出るのが苦手で、普段から表情が乏しいのに加えて緊張しやすいので、下手すると頭が真っ白になってしまいカンペがないと支離滅裂なことを言いかねない。新入生に「この部活大丈夫か…?」と思わるだろうから、人前に慣れている友人に頼んでみたのだが、ここで「部長なんだからしっかりしてよ〜!」と言われた。

 わかる。こういった場面では部の最高責任者である部長が出てきて説明するのが一般的だろうし、自分が友人の立場だったら同じことを思うだろう。だが上に立つ人間=スムーズに物事をこなせる(ここでは人前での発言に慣れている)人間かというとそうでも無いように思う言い逃れしている事は否めないが、今でもそう思う。

 自分は他の人が部長をやらないから仕方なくやった訳で、その時点では部を存続させることが大事だと考えて部長という立場になった。だから、あくまで自分は部長という立場を活かして他の部員をサポートすることにしたのだが、他の部員からしたら自分が活動の中心であり自分が部を引っ張っていく存在だと思っていたようだ。

 この認識の違い(と睡眠障害)でいろいろと迷惑をかけてしまう事があったのだが、私個人ではなく部長という立場・役職で見られていた気はする。

 これは当たり前の考え方だとは思う。「○○ではなく、私個人を見て!」というのはたまに創作物で見かける。少し違うが.hack// GUのアトリを思い浮かぶ。そういう台詞を言われると面倒に感じるかもしれない。

 おそらく認識の差が生まれるからだ。個人して見るというのは人によりけりになるため難しいが、職業や役職で見るというのはそれとは違いその所属しているものの特徴で人を捉えるため、所属しているものに求められているものが個人としては備わっていない場合、要求の難しいものを求めることになる。

 

 それ以降、出掛けた先で時たま役職で人を見ていないか頭の片隅に置いているがたまに役職で見てしまう。役職だけで見れば楽になる部分もあるかもしれないが、それは1人の人間だということを確認しておきたかった。